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この素晴らしき潤った世界

悩みがある。目下の悩みはエロゲ他CDの購入予定が詰まりすぎて財政面での工面が摩擦熱で火の車どころか擦り切れてなくなりかねないくらい順次稼動するくらいには金が足りないことである。身近なことに限らず慢性的な悩みとして文章力の懸念を常に考えている。如何にして語彙に限らず人間的な肥やしを蓄えていくか、そここそが目下人生の命題である。でも今は抽象的なことよりも具体的なこととかを考えていたい。単位とか。
さてここまでで続っぽい悩みを吐露してはいるが、以前はもっとひどい抽象的な悩みばかりを抱えていたものである。「人間の善と悪」「自己の存在証明」「倫理観の矛盾」思いつけばキリがないほど中二病全力全快のお年頃特有のお悩み。しかしそんな数多ある出口のない価値観の悩みの中で割と自分の中で真剣に食い込むものがひとつだけあった。「人生の愉楽」である。

幼少期からゲームが好きだった。テレビに噛り付いてはスーファミをプレイし、ドット絵で表現される世界観に没頭した。しかし子供は風の子の風潮が色濃く残っていた地域に生まれたことが所以だったのか、割と周りは血気盛んな同年代が多かった。むしろ多すぎた。保育園時代からサッカーで大会に強制参加させられるくらいには体力を使うことを青春の命題にしているかのような幼少期だった。エアロビクスもあった。文化的催しは合唱くらいのものもだ。そんな中孤独なファミコン少年は、ただ人ごみに紛れてボールを追いかけているか部屋の隅で縮こまって時が経つのを待つくらいしかやることがなかったものである。覚えているのはやさしくしてくれたせんせいとおやつの時間のラスクの味くらいだ。
小学校時代はそんな孤独に拍車がかかった。元々皆と交わらずに部屋の隅っこにいたような少年であったが、同時に様々なものを吸収する盛んな年頃になった。その時点になってようやく「話す」と言う当たり前の行為が存在することに気が付いた。ほんのちょっとの勇気を総動員して話してみた。受け入れられた。そんな当たり前のことが凄く嬉しかった。しかしそんな幻想は2年で打ち砕かれる。元々保育園と言う時代から周りとの温度差に苦しんでいたものだったが、その漠然としたものが小学校3年生あたりから具体性を帯びてきた。具体性といっても所詮小学生の発想なので「変なヤツ」「キモチワルイ」程度の語彙だったのだけど、幼心にはそれだけで十分だった。ましてや当の本人である自分自身にそんな自覚が一切ないと言うのだからそれはもう救いようのないくらいおかしかったのだろう。思えばコロコロ派じゃなくてボンボン派だったし、朗読の時間にジェスチャー混じりに音読みしていたし、教室にいるとき担任の先生以外に隣に付き添いの先生がいる時点で環境の違いを疑うべきだったと今になって思う。あ、今の話はナシね。今すぐ忘れて。
とは言うものの自分が周囲に比べて異質だったことに変わりはなく、ただただ日々は過ぎ去っていった。学校は義務感を感じつつ毎日赴いていたが、どこか惰性的だった。でも孤独感は不思議となかった。なんだかんだ言っても変人の下には興味本位の無鉄砲か同類が集まってきたものだった。るいは智を呼ぶ、違った類は友を呼ぶ。そんな集まりでパーティーゲーム@任天堂産に興じるのは本当に楽しかった。でも結局は変人扱いされたまま卒業した。年頃らしく悟っていた気がした。もうこのまま変わらず人生過ごしていく諦めに似た何かを感じていた。
そんな感じで人生変人を押し通してきたワシに転機が訪れたのが中学生活も一年目が過ぎ去ろうとしていたそんな時期だった。一冊の本に出会った。いや出会うべくして出会ったと言うべきか。それまで活字媒体にすら興味がなかったワシを心配した父親の勧めで、一冊買ってみてはどうかと啓蒙されたのだ。その流れで本屋に赴いたワシの瞳に一つのタイトルが映る。「キノの旅」これが電撃文庫と言うワシをヲタク化させた最大の要因である。
のめり込んだ。食事も忘れ睡眠も忘れ性欲は目覚めなかったが何もかも忘れて作品にのめり込んだ。活字を通した世界の映し方もその時に知った。これまでの貧弱な人生観に裏打ちされた世界が音を立てて崩れ落ちた。それは一つのショックだった。今までゲーム以外にのめり込むものもなく惰性だけで勉学をこなし乾くだけだったそれが初めて何かが沸いたがした。いや沸いた。それは間違いなく自分の中で沸いて出てきた。「憧れ」?いや違った。「尊さ」?それも違った。「潤い」そう潤いだ。その瞬間ワシの人生は潤いと言う新しい色を覚えたのだ。それまで砂漠の中を歩くだけだった人生の中で、初めてオアシスを見つけた気がした。ヲタクカルチャーを基盤とした文化形態をおぼろげながらつかんだ瞬間であった。ここでなら生きていける、と若気の至りながら感じていた。

その潤いは乾くことなく未だに沸いて出てきている。様々な変遷を辿って、極地としてエロゲにたどり着いたが、原初の感情は常に同じだ。ヲタクの「潤い」それは萎びた植物を漲らせる。ヲタクの「潤い」それは乾いた砂漠に湿気を与える。ヲタクの「潤い」それは黒く濁った水を無色透明にする。その潤いはこれからも沸き続けるだろう。
何に対しても無気力にしかなれなかったワシが見つけた、ただ一つの、生きるに値する理由なのだから。