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コミュ感想雑文プレイ日記(仮)

この度10月発売のエロゲで一番の期待株といってもいいコミュ -黒い竜と優しい王国-を購入した。直前にインフルエンザによる高熱を患いながらも体調を省みず回収しにいった、まさに命の結晶である。同時にるいは智を呼ぶのスタッフが再集結した、暁WORKSの命の結晶でもある。るいは智を呼ぶ略称るい智にて呪われた僕らの話で魅了してくれた同スタッフの最新作と言うことで、期待値は最初から最上級である。
以下は日にち、あるいはルートごとに区切りと段落をつけた、ほぼリアルタイム形式の記述で感想に似た雑文を垂れ流していこうかと思う。なお、この前置きを書いている現時点では共通ルート1週目まで読了している。

  • プレイ開始〜3日目 共通ルート1週目

物語導入部。序盤の設定のとっつき難さと文章のくどさ、そしてコミュと言う概念には前作であるるい智の延長線、あるいは昇華とも取れる描写が目立つ形になっている。ノロイとアバター。同盟とコミュ。これで前作を知っていれば想起せざるを得ないのではなかろうか。利害の一致で互いを利用し利用される5人1組+1人と言う構図の果てにある結果を望むのはとても楽しみである。繋がるはずのない噛み合わない彼らが仮初めの形からホントの形で一丸になっていく過程、正義の味方とうそつきと偽メイドとチンピラと道化と魔女たちが四苦八苦しながらも、もがく様を眺めていくのは非常に心地よかった。何故か。それはきっと彼らの一挙手一投足、あるいは物語の特性がひどくワシの中にある嗜好を靡かせるからだ。それはウィットに富んだパロディに溢れたオリジナリティに満ちた日常とシリアスとギャグの硬軟織り交ぜたバランス感覚であったり、何もかも平等だからこそ優しいが何もかも諦めてしまった王国で、それでもとあがき続ける道化の馬鹿さ加減に憧憬の念を抱くことだったり、魔女をはじめとするエロゲには欠かせないスパイスの一つである社会不適合者さまさまのアクの強いキャラクターであったり、バビロンの他にいる有象無象の中二病をくすぐるデザインのアバター設定であったりと、枚挙に暇がない。だが何より恐ろしいのは、それらかみ合わないはずの全てが絶妙にマッチして一つの熱量を秘めた作品に仕立て上げていると言うことだ。導入部としての見せ方は、それらを全て見せ付けてくれたことで完璧に近かった。残念なのはやはり設定のわかりにくさではあるが、それこそ超えるべき課題でもあるし作品によっては必要なスパイスであることに変わりはないのでさしたる問題ではないだろう。
あと教えて真雪先生のコーナー。ちなみにワシは記念すべき最初のバッドエンドにたどり着きました。さらに一つ付け加えるなら共通ルート1週目はこの選択肢一つしかありません。うそつきなら大馬鹿者と罵っている頃ですね。

  • 4日目〜5日目 個別1・紅緒ルート

赤いトラウマ主人公と正義の味方の恋愛は成立するのか、と聞かれたらなんと答えるべきなのだろうか。答えは限りなく「そんなものは成立しない」と恋愛博愛主義を一顧だにしない回答を述べることだろう。出てくるキャラクタ出てくるキャラクタ、とにかく個人単位で意思が強すぎるのだ。王国を手に入れると誓う王様もいれば、それでもとあがく復讐者もいれば、かかってこいと正しさを証明する正義の味方もいる。とにかく主義と主張があらゆる形でぶつかって有象無象によるパッチワークを作り出している。だからこそ愛しく、暑苦しいまでの熱量を感じる。誰もが正しさを認めず正しいことを貫いていく。そこに恋愛を差し挟む要素が果たしてあったのだろうか。答えは否だと思う。確かに肉体関係を育む描写は成されていたし、最終的に恋愛関係に発展はしているが、どうにもしっくりこないのだ。彼らは一人一人完成された意志を既に抱いていて鬩ぎあっていて、そこに恋愛を取り入れたところでワシの目線には蛇足にしか写らなかったのだ。これは王国の物語だ。王国で正しさを証明するための物語だ。既に完成された倫理の中で、果たして関係を発展させる意味はあったのか?それだけの疑問を胸にして、個別1は終演を迎えた。物語に不満はない。むしろよく出来ているし拘りを持って取り組んでいたと言われても納得の出来だろう。ただ、そこに恋愛と言う甘さは果たして必要だったのだろうか?……シナリオに関しては一通りこんなところだろうか。終えた直後に書き綴っているのでかなり興奮している。しかしまぁワシはこの興奮に乗せないと、どうやら長文は書けないらしい。困ったものだ。
シナリオ以外の部分については、今語るのは総計と言うものだと思うので、オールクリア後にでも。性嗜好ではっちゃけるのはこの時でもよかろう。

  • 6日目 個別2・密ルート

ひどく単純な話だった。少年はドッペルゲンガー、つまり自分の裏合わせである自分と出会い惹かれたのだ。そこに至るまでには本当に様々な出来事があった。ミスJhとの決闘による正義と狂気の裏返し。コミュメンバーが枯葉のように脱落し、最終的に幼馴染みの魔女すらも敵に回した。明らかに個別1に見受けられた意志のぶつかりあいとは話の毛色が違う。そこに救いは一切なく、ただ優しい王国によりもたらされた結果が二通りも提示されたに過ぎない。つまり密ルートにENDが二通りもあったのだが、これはどちらも救いらしい清々しさとは程遠いものだ。つまるところどちらがマシなのかと言う消去法にしか過ぎなくなる。つまり密がいるのかいないのか、だ。コミュに拠りかからず、かといって主義主張もなく、ただ女のために主人公は命を賭した。それはひどく眩しくもあったけれど、個別1に対してのアンチテーゼでもある。集団の意志の尊重か、あるいは個人の意志による我侭か。それがひどく癪に障ったし気に入らなかった。関係と規模が密であったことに何がしかの不満を感じてしまったのだろう。集団の意志がぶつかり合った紅緒ルートとの比較は避けられない形だ。まさにアンチテーゼ。だがこの二つには共通項がある。それでも、と手をさし延ばし続けることだ。それでもこの手が届くのなら、声が届くのなら、行為に意志を乗せる意味もあるのだと教えてくれる。裏表相反しているようで繋がっている。とても不安定なゲームだ。だが、だからこそ、比較してもなお、別の答に等しい価値を持たせるからこそ、面白くなるのだ。まさに平等で無価値な優しい王国みたいだ。既に虜になっているのかもしれない。
それにしてもアレだよな、結奈ってやっぱりペドフィリア御用達なだけある外見と正体とポテンシャルだよね。まぁそのあたりは次のルートで見せ付けてくれると信じてる。

  • 6日目 個別3・真雪ルート

わかっていたことであるし、散々言ってきたことなので改める必要もないが、このゲームは非常に面白い。物語の緩急であることも性嗜好を刺激する個性あるヒロインは当然だが、一番驚嘆するのはその名前にも通ずるコンセプトだろう。コミュ。コミュニケーションともコミュニティとも取れる言葉。繋がりを意味する言葉。紅緒ルートの場合コミュネットを通した集団の繋がりを、密ルートの場合は女一人のための繋がりを主人公は求めた。そして今回、主人公は真雪を通してネットの繋がりを知った。共有した。これまでの二つに比べたらコミュネットと言う非日常の範疇を軸に据えたものではなく、ネットと言う一種の祭りに参加している真雪に付き添う形でネットのゆるやかな繋がりと業を知った。コミュネットの設定も出てくるものの、それも真雪側の繋がりの延長線で添え物に過ぎなかった。これまでに比べたらとても長閑で呑気で危機感が皆無に等しい、まさに心休まるルートだった。ネットを通した繋がりの薄さと強固さを皮肉もたっぷりに、時には真摯に描写していったのは、やはり偏にコミュと言う名前故なのか。それでいて戦闘描写にも抜かりをいれない気合の入れようは感服する。挿入歌に予約キャンペーンでついてきた曲を使用するのは嬉しいファンサービスだった。
ところで、今回のルートで改めて思い知ったのだが、やはりワシはちんまい子にはフェラでご奉仕してもらいたい性癖の持ち主だったらしい。ロリコン乙。フヒヒサーセンとも口走りたくもなる。

  • 7日目 個別4・アヤヤルート

初っ端から言えば、EDを迎えた後に教える真雪先生のコーナーにて真雪エンドへの道筋を辿るヒントを戴いた。つまりアヤヤは真雪ルートを後日クリアすることを前提とした、嵐の前の静けさである日常をひたすら引き伸ばしたルートなのだ。これまでのルートに比べても尺の短いこともあり、加えてアバター設定がひたすらギャグ要素にしか用いられていないことからも、アヤヤルートは貴重な日常の象徴を抜け切れない永遠のサブヒロインであったことを殊更強調する結果となった。まさに真雪以上の骨休めルートである。しかしこれから待ち構えるであろう最終ルートを考えると、緩急をつけてテンションを維持するには丁度いいのかもしれない。笑いたい人には、アヤヤ一人いればいい。

  • 7日目 個別5・カゴメルート

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圧倒的だった。それ以外に言葉が出ない。これまでのルートはほんの余興であることを示唆するような圧倒的な存在感と真実。息つく間もない行き着く先が見えない展開。これは素晴らしいおとぎ話だ。深読みすればどこまでも行ける、浅く客観性を排すればどこまでも楽しめる、至上の極上のおとぎ話だ。全てのルートは最終ルートのためにあるようなものだ。物語の中身は単純なもので、主人公が女のために命を張る、ただそれだけの、我侭を貫き通すだけの、それだけのものだ。それがこんなにも胸を打ち圧倒的質量を伴っておとぎ話が圧し掛かってくる。完璧にしてやられてしまった。どこまでも優しい王国に毒されてしまったらしい。
これは、比喩でもなく一切の修飾もなく、今年度一番筆頭だ。怪物だ。まさに怪物に出会ったのだ。一片の躊躇もなく押し潰されてしまった。惹かれなかった顔も知らぬ誰かにこそ、この作品はやり通して欲しい。人生が変わる。展望が変わる。それだけだが、それでも、と言い続けるだけの価値があるものだ。

さぁ、おとぎ話を始めよう。