星空のメモリア所感

  • 前置き

星空を見上げなくなってどれほどの時間が経ったのか、と思うようになってきた。ワシの中にある星にまつわる思い出を取り上げても「田舎の冬の星空がキレイだったなぁオリオン座がよく見えたものだ」くらいの感慨しか思い浮かばない。あの時見上げた星空は、まさしく光の海に相応しかった。でもただそれだけだ。見上げなくなったと言うより元々の興味が薄かったのだろうか。神話には心が踊っていても、現実の星空を眺めるようなことはそうそうなかった気がする。
それも今日で終わりだ。星空のメモリアと言う星空を見上げてしまったら無下にも出来ない。星に思いを馳せることなどそう難しいことじゃないのだ。

さて星メモである。二日間くらい休みフルで取れたので有効活用して一気にクリアしてしまった。総睡眠時間1時間弱で体も精神もボロボロだったが、後悔は一切感じない。
一度通しでクリアした印象であるが、まず絵の仕事がこれまでの経験したエロゲの中でも飛び抜けてすごいものだった。所謂エロゲ塗りとは違う、複雑な組み合わせの保護色じゃない単色で塗り合わせているようなCGは物語の雰囲気作りに一役買っていた。影程度の表現は許されているが、体に艶や質感を立体的に表現する手法が一切採用されていないのだ。司田カズヒロさんの絵にも非常にマッチしていて、アニメ的な塗りで柔らかい雰囲気を構築することが可能になっている。全てが組み合わさることで一枚絵が引力を内包しているかのようだ。引き込まれてしまいそうになる。
制作側も絵の持つ引力に考慮しているのか、ゲームエンジンに独自のシステムであるFVP(Favorite View Pointsystem)を取り入れている。イベント絵が表示されている時に、最大2倍まで任意の部分を拡大することが出来るのだ。元々魅力と言う引力がある絵にさらに近づいていくことで現実にまで迫ってくるような、あるいは画面の向こうにまで引っ張られるような感覚に襲われる。視覚に訴えかけている作品であることを象徴しているようなものだ。一枚絵が作品としての引力と魅力を引きずり出している。

  • キャラクタのフォーマット

キャラクタは等しく魅力的だ。メインとなるヒロインたちはもちろん脇役も大半は重要な役どころを担っている。一部少し裏設定が用意されているであろうキャラクタが出番もない立ち絵もない程度の扱いだったが、それはきっとファンディスクを見越しての作りだったからだろう。現にEternal Heartと言うファンディスクがもうすぐ発売するのだから。考えてみれば今日だった。
そのキャラクタたちであるが、何度も言うように全員実によく出来ている。元々の魅力を引き出すようにメインのキャラクタ各位に口癖のようなものを用意させているのが一番の理由だろう。「むー」と犬化する明日歩は微笑ましいし「コガヨウ」と苛立てば顕著に態度に出るもこもこが微笑ましいし「えいっ」とお茶目であるこまめは健気だし「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃーん!」とブラコンの象徴であるような千波も元気有り余っているし「死ねばいいのに」と裏腹な態度をとる衣鈴には苛立たされたけど「バカバカ」と素直じゃないメアは舐めたい。キャラクタにセリフのフォーマットを用意させているあたり、実にあざといが全く嫌悪感を感じさせないあたりが見事だろう。むしろもっとやれと言いたくなる。

  • 頼らないことの罪悪

しかし同時に残念でもあり輝かしい部分も見えてしまっている。確かに全員よく出来ている。キャラクタとしてでもなく一人で己のことを思考出来る程度には皆が考えきっている。だけど出来すぎているが故に偏に過去にとらわれていることが多すぎた。明日歩が展望台の彼女、夢を悪夢として言葉を信じられなかったように、こももの過去の悪夢の反復によって受け入れられない事実を突きつけられたように、こさめがまつろわぬものであることで自らの存在を諦めているように、思い出の南天の星空しか見えてこなかった衣鈴のように、家族を信じるまでの葛藤をひた隠しにしてきた千波のように、約束だけを頼りに待ち続けたメアのように、そして同じく過去の約束に縛られ貪欲に志向し続けてきた主人公の洋や、そんな眩しい約束を貫くことではなく、自らを押し殺しつつも洋に普通を望み続けた夢のように。誰も彼もが過去と言う悪夢に囚われたままであった。だからこそのメアの悪夢刈りの死神と言う設定なのだろうし、実際メアがいてこそシナリオ全体が進展して契機を生み出している。過去に埋没しすぎて周囲に頼らないことで、現実が見えてこないキャラクタたちが、好きであると同時に嫌いにもなった。後悔して泣きわめく、一緒にいたかったと泣き叫ぶくらいなら貪欲になるくらいよかったのではないか。最初から突き放さずに素直に言葉を鵜呑みにすればよかったのだ。過去に埋もれて繰り返すことを恐れていたのでは好きになれるものか。フォーマットは大好きでもあり方が気に入らない。殴り倒して正気に戻させたいと渇望したくなるほどだ。誰もが閉鎖的で、だからこそ真剣で臆病だから愛しいし憎い。

  • Keyリスペクトの正図

さてキャラクタに対して散々こき下ろしたところでシナリオである。最後までプレイすれば百も承知だろうが、これは非常にKeyの影響を受けていることが垣間見える。伝聞にいよればシナリオライターのなかひろさんが大のKeyファンであると言うのも納得である。元々のファンタジー部分に当たる設定―星は約束を依代に願いの形を生命として顕現すること、会話の中にその手の存在は宇宙線によって観測が確認される云々があることも何よりの証拠の一つだろう。CLANNADで言えば観測不可能で願いが叶う場所である幻想世界とも取れる。そして、夢の悪夢を二度目に刈られて全てを失った洋が最後に取った選択肢こそ最大限のリスペクトであると信じている。これまで頼ることのなかった主人公が初めて親に甘える瞬間であり、過去との決別を意味するシーンだ。初めて甘えることで場面は強制的に過去に戻され、違う可能性の結末を導いていく。強制ループの構図はこれまでKeyを源流に培ってきたループゲーの構図を彷彿とさせる。これは正当なリスペクトであると同時に最大限の二次創作でもある。親の世代で起こってしまった出来事の再現から、周囲によって気持ちを後押しされ繰り返す機会を得ることで不可能性を回避していく夢ルートはまさに星メモの総決算であるとも言える。シナリオの共通からの誘導も頷けるものだ。

  • 余談・保護者の自覚

ただここで個人的な見解を述べさせてもらうなら、メアシナリオを推したい。元々のシナリオの長さが夢ルートの補完として扱われているあたりファンディスクを想定した作りであることは明白だが、ワシは賞賛したい。短い中でもメアと洋が互いの気持ちに応えるための土台を作り上げたこと、そして洋が夢の心境を自分から悟った唯一のルートだからだ。お姉さんと言う保護者的役割にこだわり続けて洋に普通を求めた夢の心境を、自らがメアに添い遂げることで保護者的役割の持つ重要性―相手を気遣うこと、頼って欲しいことを自覚することで頼らなかった自分の間違いに同時に気付く構成になっているからだ。シナリオの本筋や本分なら夢シナリオに軍配が上がるし、実際そちらが正史なのだろう。だがそれまでの行いを悔いて自覚し新たな約束を取り付けてメアと共にいることを望むようになった洋は、これまでのあり方を否定し次代に繋げることが可能なのだ。だからワシはメアシナリオを星メモで一番評価したい。たとえ余談と嘲笑われようとも、洋がより望みたい形で独り立ちしたことは変りないのだから。

  • 決算

総じて星メモは過去の物語である。過去に縛られ過去を悔やみ過去を繰り返している。キャラクタ全員が過去と言う悪夢に囚われている。そこに差し込む星と言うなの一条の光がもたらす眩しさに目が眩みそうになるけれど、目を凝らして光に慣れてみれば、そこには悪夢のない願いだけが純粋化された次元―頼ってもいい未来への道標を見つけることだろう。星空のメモリアの元で過去に溺れた人たちは、星空によって未来への片道切符をようやく手にしたのだ。
だからこそこの物語は大好きだ。サクセスストーリーでは決してないけれど、ファンタジーなんて高次元の助けを借りていても、頼ることの必要性を星が教えてくれるから。

 見上げてごらん 夜の星を
 小さな星の 小さな光りが
 ささやかな幸せを うたってる


坂本九 見上げてごらん夜の星を