主人公に望むもの 〜なかひろの場合〜 ver.0.5

(初出:theoria『恋愛ゲームシナリオライタ論集+10人×10説』)


※本文には『こいとれ』『星空のメモリア』(以下『星メモ』)『星空のメモリア Eternal Heart』(以下『星メモEH』)『Happy Wardrobe』(以下『HW』)の重要なネタバレが含まれています。


0.前書きと略歴

 まず前書きとして一つお詫びせねばならないことがある。それは自分がなかひろ作品を全てプレイしている訳ではないと言うことだ。
 なかひろとはフリーランスのシナリオライタ、スクリプタとして2004年頃から活動し始めており、初期の作品群として、主にちぇりーそふとの後継ブランドであるArtにて企画・シナリオを担当していた時期がある。その時代の代表作として挙げられるのが『Naive』『深紅のソワレ』『ヘブンズケージ』の、世界観を共有する3部作とArt最終作である『こすちゅーむ☆ぷれいやー』である。Artがブランドとして消滅して以降は銀時計『こいとれ』、フェイバリット『星メモ』とそのファンディスク『星メモEH』、Shallot『HW』など多彩なブランドで企画・シナリオを担当している。ここではArt時代を『前期』、それ以降を『後期』と便宜的に名付けることにする。
 しかし、現時点で自分はなかひろ作品の『後期』しかまともにプレイできていない。言い訳にしかならないが『前期』は本文に取りかかるにあたりプレイする時間を割くことが出来なかったのだ。
 『前期』を視野に入れない不完全な内容になってしまったことを、この場を借りて謝罪する。
 故に本文では『後期』にのみ焦点を絞った観点からなかひろ作品について語ることになるからこそver.0.5として記されている。不完全であるものの、その中で『後期』のなかひろ作品から見えてきたモノだけでもここに記して、なかひろのシナリオライタとしての特性を記録し伝えていくことを目的としている。
 以上のことを前提に、しばらくの間拝読していただければ幸いである。


1.記号的な共通項

 『後期』にのみ視点を絞っているとはいえ、2007年6月〜2010年11月の約3年半もの間になかひろが企画・シナリオを担当した作品はファンディスクを含めて4作品に上り、ほぼ1年に1作品はシナリオを書き上げている計算になる。単一のシナリオライタによる制作スパンとして見れば安定したリリース間隔であり、年単位で定期的に作品を仕上げる姿勢はまさに職人芸と表しても差し支えないかもしれない。
 しかし定期的に作品を送り出してはいるものの、同時に顕著に表れている特徴も見受けられる。それは『後期』においては全体の話運びや設定に重複や共通点が見つかる点である。
 まずは主人公の置かれた境遇と物語上の設定について具体例をいくつか記していこう。
 『こいとれ』の主人公、遊は母子家庭であり、物語が始まる前に母親を病気で亡くしている。残された家族は妹である海しかいない。そんな遊の前に、定員割れで廃部寸前まで追い込まれた恋愛部なる部活の部長であるカナ先輩が部員として勧誘するところから物語は始まる。
 『星メモ』の主人公、洋も同様に母子家庭であり、その母親も病死したことを機に幼い頃生まれ育った町である雲雀ヶ崎に引っ越している。残された家族も異父兄妹である千波しかいない。洋自身は幼なじみである夢の影響で星空に思い入れがあり、学園でも天体観測サークルこと天クルに入部することになる。
 『HW』では主人公、明人の両親はさすがに健在だが、共にコスプレイヤーとしてフランスに長期の旅行に出かけており、双子の妹の実恋子と実質上の二人暮らしをしている。そして将来入学する学院のレクリエーションで披露された、在校生の爽乃主演による演劇を観賞し「彼女の衣装を作りたい」と願ったことをキッカケに、演劇部を創部するまでに至る。
 つまるところ、主人公およびその兄妹には日常的に両親という存在が不在であり、物語の中心が部活であると言った共通点が確認できる。しかも、この作品を越えた骨子部分が一見かぶっていることは主人公や設定に限ったことではない。
 最もわかりやすい例をもう一つ紹介するなら「ツインテールのヒロインが生徒会役員、ただし主人公に暴力に訴える」だろう。
 『こいとれ』では従姉であるうたはが失言をした遊を通学カバンで殴り飛ばしていた。
 『星メモ』および『星メモEH』では同級生のこももが同じく失言をした洋を蹴り飛ばすシーンが何度もあった。
 『HW』も先輩である蒔に失言をする前に先読みで蹴り飛ばされるシーンが既視感を誘った。
 作品の垣根すら意識させない、どこか見覚えのある光景の数々はキャラクタの記号的な属性などにも適応されている。「ツインテールのヒロインが生徒会役員、ただし主人公に暴力に訴える」だけでなく他にも「世話焼きたがりのお姉さん」の役割も全ての作品に共通して登場している。逐一言葉にして挙げていくとキリがなくなるくらいだ。
 さらにこれらの既視感を象徴するものとして、最も印象的なやりとりがある。

【蛍子】「小萌ちゃんはかわいいですねぇ」
【小萌】「……頭撫でないで」
(こいとれ『10月9日』)

【洋】「まあ俺も、メアとふたりきりのほうがいいかな」
【メア】「そ、そうなの?」
【洋】「それこそ、当たり前なんじゃないか」
【メア】「………」
【洋】「なんでぶすっとしてるんだ」
【メア】「あ、頭撫でちゃダメ……」
(星空のメモリア Eternal Heart メアアフターストーリー『December 4』)

【雪見】「偉そうなのが癪に障りますが、とっととください」
雪見はずいっと手を出してくる。
俺は頭を撫でる。
【雪見】「……なにをしてるんですか」
【明人】「報酬を払ってる」
【雪見】「バカですか?」
【明人】「630円の価値はあるだろ」
【雪見】「……慰謝料を請求したいくらいです」
(Happy Wardrobe『4月7日』)

 微笑ましい一幕であるが、各作品が別物であることを鑑みてもパターン化されていることは明白である。
 以上のことから、なかひろ作品はシチュエーションの引き出しが必要最低限しか用意されていないことが明るみに出ている。これにより作品を越えて採用されるやりとりやキャラ属性がテンプレートの一つとして類型化していく。それにより上記の諸要素はなかひろ作品における一種のお約束として描かれているのである。謂わばこれまでの作品の下地は全て同様の素材によって組み上げられていると言っても過言ではないだろう。お約束を多様することでシナリオを動かす、キャラクタありきでシナリオを動かすライタであることが伺える。


2.『こいとれ』のパーソナリティ隠蔽工作

 これまでに言及した、お約束や記号やテンプレートなどを下地としてどのような人間模様が描かれているのだろうか。確かに『後期』におけるこれまでの作品群は総じて学園生活で謳歌する青春なるものを端的に表現した部活モノであり、それ単体で考えれば憧憬を抱くほどに眩しい活動であろうと推測することはそれほど難くないだろう。人によっては羨ましいとすら思えるくらいに綺麗なモノに見えるだろう。
 だが現実は決して綺麗なモノだけでないことだけは確実だ。現実そのままならそれでよかったのかもしれないが、曲がりなりにも創作物としての恋愛ゲームである以上、現実を意識させないことこそ肝要である。だが実際問題作品をプレイしたことで「必ずしも綺麗でない」と断言するしかなくなってしまう。そんな印象を抱かせる原因となっているのが、なかひろ作品を彩るキャラクタたちにある。その中でも特筆すべきは物語に直接的に関わってくるメインキャラ…主人公やヒロインたちによって引き起こされているのは言うまでもない。ただし一口にキャラクタが原因と言ってもキャラクタの何が作用して綺麗だと一言で片付けることが出来なくなるのか、それを明言する必要がある。その原因が最もわかりやすい形で表面化していたのは『後期』最初の作品である『こいとれ』だろう。
 まずは『こいとれ』の物語の中心となる恋愛部と言う珍妙な名前の部活がどう言ったものかを説明する必要がある。恋愛部とは名前だけ見るなら出会い系サークルと勘違いされがちで実際そのような悪評も立っているが、本来は何らかの理由で恋することすら出来ない生徒が「本気の恋とは何か」を模索するためにミーティングを重ね、ラブロワと言う独自のルール…二人一組でタッグを組んで、それぞれプレイヤーと組んでいるパートナーが誰かと肉体関係を得ることをプレイヤーの敗北条件とし、最終的に生き残ったタッグが勝者となる…の元に1年間恋を捜し求める部活である。*1こうして見れば恋愛ゲームのフォーマットにおいて恋愛するための部活を描くことは実にあざといやり口であると感心するが、まず名前の時点でパラドックスが既に生じていると言わざるを得ない。恋愛部の理念は「本気の恋を見つけること」であり、部員の大半も恋することや恋を見つけることを目的としているが、それは遡れば恋することが出来なくなった要因があることと同義である。ではその要因とは何かを列挙していくと、「本気の恋がわからない」「男性恐怖症で恋愛出来ない」「失恋の痛みで恋愛が怖い」などが主に挙げられる。恋愛に踏み込む以前に、まず本人の経験で裏打ちされてしまった心理状態を優先的に解消することに専念せねばならないと言うのに、その問題を放置した上でラブロワなどの部活を通して恋愛を見つけようと言う活動内容自体が土台の脆弱な茶番にしか映らないことは明白である。
 こうしたパラドックスは部活内容だけに留まらず、キャラクタ個別の性格や行動理念にも当てはまっていく。主人公の遊は母親を亡くしたことで一人残された妹・海の世話を義務化し自らに課すあまり自分の楽しみを放棄しかけ、甘えると言う行為を忘れかけることになるし、海も同様に「泣いちゃったら天国のお母さんが心配するから」と信じていて、泣きついて甘える行為を自ら断ち切って友達すら作らなくなってしまう。ヒロインにも目を向けてみれば、その姿勢はよりねじ曲がった形で明快になる。従姉で生徒会役員、かつ遊のラブロワパートナーでもあるうたはの場合も恋愛部をやめて欲しいと遊に常日頃口にしつつも、枕詞である「悪評の立っている」を敢えて言葉にしないだけで、生徒会内での悪評を覆そうと孤軍奮闘していたことを誰にも話さなかった。幼なじみの小萌に至っては昔々に遊と花火に興じた際に目を傷つけられたことで彼の弱みを握ったと自覚しつつも、それを利用して遊本人を恋人にしようと画策するくらい肝の座りっぷりを見せていて、なおかつその行為に罪悪感を抱いている。
 結局のところ、メインキャラの誰もが「妹の世話があるから」「泣いたらお母さんが安心出来ないから」「悪評が立っているから」「好きだから」などの建前を最大限有効活用して「部活したい」「甘えたい」「やめて欲しくない」「嘘をつきたくない」などの、肝心の解決すべき本音を完腐なきまでに叩き潰しているに過ぎないのである。端的に言えば全員が天の邪鬼なのだ。『こいとれ』の場合その性質が露骨な形で明示されている。

【海】「……うみのせいなんだ」
【海】「うみがしっかりしてないから、お兄ちゃん、誰ともつきあおうとしないんだ」
【海】「友達とも遊ばないんだ」
【海】「うみがいるから、お兄ちゃん、時間がなくて……」
【海】「小萌さんも、うたはお姉ちゃんも、好きになろうとしないんだ」
【海】「誰も、好きになろうとしないんだ」
(中略)
僕はだから、詩織さんやうたはに対してだけじゃない、海にも気を遣っていたのだった。
海はそれを気にしていて、海もまた僕に気を遣うようになってしまった。
海は学校の友達と距離を置く。
それはなにも、母さんの死のショックからという理由だけじゃない。
僕にも原因があった。
だって僕もまた、学校の友達に距離を置いている時期があった。
それは海のためだった。
放課後、僕はクラスメイトの誘いを断り、まっすぐ家に帰って海と一緒に買い物に出かける。
海を家にひとりにしないために。
だけどそれは、海のためになっていない。
なぜなら海は、僕がまっすぐ帰ってくるから、先に家で待っていなければならなかった。
海もまたクラスメイトの誘いを断り、僕と同じようにまっすぐ家に帰らねばならなかった。
僕が海に気を遣ったから。
連鎖し、海もまた、僕に気を遣わざるを得なかった。
(こいとれ『7月16日』)


3.隠蔽工作の方向性

 では同様のこと…建前ばかり言い続け本音すら叩き潰す天の邪鬼の姿勢は『こいとれ』以降の作品にも適応出来るのか、と問われれば、答えは「Yes」である。
 まずは『星メモ』を例に見てみる。舞台となる雲雀ヶ崎の展望台に住み着く、自称悪夢を刈る死神のメアは基本的に本音を一切漏らさない上に、内心喜んでいるにも関わらず「バカバカ」と口にしているし、主人公の洋も雲雀ヶ崎で同居する叔母の詩乃さんに甘えることを自ら禁じているし、小学校時代の幼なじみで天クルの部長である明日歩は、小学生の七夕行事で洋が「夢に会いたい」と書いた短冊偶然見つけ、それを唯一の繋がりとして大切に保管しているが、洋には本命がいるので自分と結ばれることはないと思い込んでいる。このように『こいとれ』とほぼ同じ様にそれぞれ本音を隠していることが明らかになっている。これは『HW』においても例外ではない。さすがに主人公が甘えることを忘れていると言ったことはないが、その役割は幼なじみである雪見に受け継がれている。さらに言えばメインヒロインの爽乃は本来の引っ込み思案な性格を隠すために、そしてその性格を矯正するために演技を自らに強要して本音をひた隠しにしている。これ以上ない天の邪鬼の代表格である。やはり『後期』の作品群からは、記号的なテンプレート以外に個人が抱えるパーソナリティすらも共通している部分が見受けられる。
 だが『こいとれ』以降の作品では『こいとれ』との決定的な違いが生まれている。それは一口に言葉にすれば「本音と建前の配分」だろう。ではその「本音と建前の配分」とは何かを端的に表している代表的なルートを各作品毎に抽出していこう。
 例えば『こいとれ』の羽音先輩ルートについて。羽音先輩が首から大事にぶら下げているロケットの中身は一体何なのかを知ることが羽音先輩の本音を知ることに繋がるのだが、彼女に内緒でロケットの中身を覗き見して、中身が空であると知ってしまった現場を抑えられてしまうことで、彼女の守りたかった建前に土足で踏み込むだけで本音が何も明らかにされずに嫌われるだけで終わってしまう。結局彼女の本音はルートの終盤になって、彼女の幼なじみである比嘉と彼女自身の口から明かされることになる。

おとなしくてかわいい同い年の女の子とくれば、男の子から見たら放っておけない存在だったのだろう。
ただ男の子はみな幼かったから、その女の子に対する好意をうまく表すことができなかった。
だから―――
男の子はみんな、女の子をイジメてしまう。
(中略)
だけど……。
たったひとりだけ。
自分にイジワルしない男の子がいた。
(中略)
【比嘉】「あいつに拠り所があれば、イジメられても親や先生には告げ口しないだろうって……」
【比嘉】「俺は、そう思ったからロケットを渡した」
【比嘉】「むしろ俺は、小日向をいじめようとほかの仲間にけしかける側だった」
(中略)
【比嘉】「小日向のロケットの君は、イジメの際に自分を助けてくれる正義のヒーロー的存在を求めたときに誕生した」
【比嘉】「その存在により近かったのが、当時の俺だった」
【比嘉】「だからこそ、小日向がすがっている比嘉曜一は、俺じゃない」
【比嘉】「小日向を守っているのは俺じゃない」
【比嘉】「小日向が好きなのは、俺じゃない」
【比嘉】「俺を、都合のいいように理想化した、ただの偶像だ」
(こいとれ 羽音ルート『6月22日』)

【羽音】「わたしが愛している比嘉曜一は、比嘉くんじゃなかったんです……」
【羽音】「なのにわたしは比嘉くんを、一方的にロケットの君として見ていた……」
【羽音】「比嘉くんには迷惑だとわかっていても……」
【羽音】「わたしはやめることができなかった」
【羽音】「だから、この言葉は、わたしと比嘉くんを指しているんです」
(こいとれ 羽音ルート『6月22日』)

 対して『星メモ』の明日歩ルートについて。明日歩の抱いている建前と本音とは「相手には本命がいて自分の初恋は結ばれない」と言うものだが、ルートに突入した途端に以下のような書き出しがある。

その頃の明日歩は洋と友達になりたかった。
誰とも仲良くしようとせず、大きな壁を作って近寄りがたい雰囲気をまとっていた洋を、明日歩はいつも気にかけていた。
遠くから見ているだけじゃない、洋と普通におしゃべりしたり遊んだりしたかった。
そんな願いがこの短冊には込められている。
(中略)
友達になりたかった。
だけど、それだけじゃなかった。
きっと子供の明日歩もそれ以上を望んでいた。
そして、だからこそ、この初恋の想い出が今になって辛く自分にのしかかっている。
幼かった自分の初恋を理解できるから、同時に、洋の気持ちだって理解できるのだ。
想い出を大切にする気持ち――展望台の彼女に想いを寄せる洋の気持ちを、自分のこの気持に照らし合わせて考えることが明日歩にはできるから。
(星空のメモリア 明日歩ルート『9月3日』)

 加えて明日歩本人の悩みの種である短冊が、悪夢を刈り取るメアによりはっきりと「悪夢」と断定されることで問題が可視化されている。

メアが明日歩の背後に現れ、カマを振るい、明日歩の胸を背中から貫いた。
明日歩の手にある短冊が霧散する。
塵となり、舞うその姿はまるで鱗粉。
【メア】「それが、あなたにとっての悪夢だった」
【メア】「わたしが、今、それを刈った」
明日歩の悪夢は、光を残して消滅した。
(星空のメモリア 明日歩ルート『9月23日』)

 最後に『HW』の友奏ルートについて。友奏は過去に作文で賞を取ったことがあると言うだけで演劇部の脚本担当に選ばれたが、気のてらいもなく言えばアホの子である。授業中はほぼ全ての時間を寝て過ごしアルバイトに精を出す、テストでは鉛筆を転がして運任せで全てを乗り切るくらいのアホの子なので一見して悩みはないように思われるが、共通ルートにて窓の外から色を数えるという日課が明かされる。

二階の部屋から外の風景を眺めている。
友奏は色を数えていた。
空の色は青。
太陽は白。
木は緑。
電柱は灰色。
【友奏】「あ、電線にスズメが止まってる……」
二羽、寄り添っている。つがいかな?
あれは、茶色。
これは朝の日課だった。
誰にも言えない秘密の日課。
数え終わらないことには友奏の一日は始まらない。
(Happy Wardrobe『4月8日』)

 この日課の意味は後に友奏ルートにて主人公・明人がビーズで編んだ指輪をプレゼントした際に「ある色」だけを認識していないことで明かされている。

【友奏】「赤……オレンジ……」
そう、ぼんやりと色を数えている。
【友奏】「たまに、白……」
光が飽和し、指輪はときおり白く輝く。
【友奏】「赤……オレンジ……白……」
【友奏】「それに、灰色……」
……え?
(中略)
【友奏】「ありがとう……」
友奏はときおり口にしていた。
俺は既に知っていた。
色を探していると、繰り返し言っていたこと。
【友奏】「あたしに、新しい色を、ありがとう……」
俺は、やっと合点がいった。
【友奏】「本当に、ありがとう……」
俺はこのとき友奏の秘密を知った。
友奏の世界の秘密を知った――――
(Happy Wardrobe 友奏ルート『10月』)

 以上より、各作品のルートを横断的に眺めることで導き出された「本音と建前の配分」とは、要するに両者のさじ加減の問題である。『こいとれ』では建前ばかりが先行して本音を推測する余地すら見出すことが困難を極めているのに対して、以降の作品では建前や本音がきっちりと伏線として作用し、結論を導き出すことが比較的容易になっている。キャラクタたち自らは本音などお首にも出さない天の邪鬼であることは一切変わりはないものの、両者の見せ方に緩急が付き没入しやすく構築されているのだ。


4.主人公による解法と物語構造による救済

 主立った登場人物が天の邪鬼であることはこれまで繰り返し述べてきたことで、より強固なものとして意識されているだろう。そう言った天の邪鬼体質を『こいとれ』以降はあまり意識させないように、よりわかりやすい形で作り直されていたこともこれまでに述べてきた通りだ。ただ単に全員が天の邪鬼なだけでは物語におけるカタルシスも何もあったものではない。誰もが本音をひた隠しにしている中では、誰か一人でも行動として実現させない限り物語自体動くことがあり得ないからである。その物語が動くためのフックとなるのが主人公と言う存在である。
 これもまた『後期』の全作品に共通する事柄であるが、主人公は主人公としてヒロインが隠し持っている本音や秘密を引きずり出すために最大限の努力と叡智を費やしている。例えば『HW』の明人は爽乃が天の邪鬼根性を発揮して本来の性格を隠し続けていることを暴くために、明人本人が過去のコスプレイヤーの経験を元に女装をして本人が引き篭もっている女子寮に忍び込み爽乃と直に話し合う機会を得ることで本音を引き出すことに成功している。例えば『星メモ』では双子姉妹の妹であるこさめルートにて、こさめ自身が本当は死人であり人外の存在であることを、洋が作中のわずかな違和感やヒントを元に暴き出してこさめに寄り添うことに成功している。
 こうして主人公はヒロインに寄り添うために望まれる最適解を導き出すように努力することになる。結果としてそれはエンドと言う具体的な形を帯びてくることで、目的の一つを達成している。しかし相反する事実として、主人公にはそれぞれ本来の目的…そもそも物語を動かす契機となった出来事が背後でナリを潜めていることを念頭に置かなければならない。『こいとれ』は「本気の恋を見つけること」であり、『星メモ』は「幼なじみの夢と再会すること」であり、『HW』は「爽乃にお手製の衣装を着させて演劇に出演して欲しいこと」である。つまるところ主人公が行動を起こすためのキッカケは総じて一人のヒロインへの執念深いストーカー体質に起因している。
 それらの主人公本来の目的を達成するための一助として作用してくるのが、各作品の分岐構造である。『HW』は分岐点は一つのみで『後期』の作品群の中では比較的容易にルートとして入り込める。『星メモ』は双子姉妹の姉であるこももルートをクリアすることで妹のこさめルートが開放され、お隣さんの衣鈴ルートをクリアすることで異父兄妹の千波ルートが開放されることに加え、ヒロインを一人クリアする毎に共通ルート内で夢が出現する頻度が少しずつ上がっていくなど、段階的に本来の目的に近づいていく。
 そして『こいとれ』は、主人公の最適解を導き出す姿勢と選択肢が奇妙な一致を得た興味深い例として標榜することが出来る、完璧かつ異質な構造となっている。単純な選択肢の多さもさることながら、共通ルートを読み進めていく途中で各ヒロインに重要な選択肢が提示され、それを選択することで各ヒロインのルートに自動的に突入すると言う、所謂ヒロイン脱落式の構造を取っている。この形式は必然的に最も重要なエンドは最後まで後回しにされていることを示唆しているので、主人公を本来の道筋へ誘導することが簡単に済むのである。そして何らかの形でエンドを迎えると、そのエンドにおける「恋愛偏差値」なるものとして数値化され結果と照合が提示される。例を挙げれば、カナ先輩エンドを迎えた際には「恋愛偏差値70点 鹿子木ゆうを手に入れた男」など。ヒロインとのエンドを迎えるためには、この「恋愛偏差値」で程良い点数を維持しつつヒロインとのフラグを成立させることがクリアの絶対条件となるのだが、全てにおいて最も理想的な答えのみを選択することに終始してしまうとヒロインとのフラグが一切成立せずに「高偏差値エンド」へと導かれてしまう。それは最後に以下のやりとりを以て締めくくられている。

【カナ】「ボクからキミへの、よくできましたで賞」
ちゅっ。
ほっぺにキスをされた。
【カナ】「ラブロワ勝利、おめでとう」
【カナ】「この経験は、きっとキミを助けてくれる」
【カナ】「行動力、計画性、情熱、コミュニケーション、そしてセンス……」
【カナ】「ラブロワで培った力は、いつか必ず役に立つ」
【カナ】「キミの恋が、実りある恋でありますように―――」
(こいとれ 高偏差値エンド『3月6日』)

 このやりとりの果てにたどり着いた高偏差値エンドにて授けられる称号は「鹿子木ゆうの片思いの相手」である。「恋愛偏差値」を基準に理想的な答えを繰り返した結果、本気の恋を見逃してしまっているのである。何と言う皮肉に満ちた最後だろう。
 つまり『こいとれ』は、なかひろ主人公の特性を選択肢として分化することに成功しているだけでなく、最適解のみを追い求めることを全く良しとしていないと、アイロニーに塗れたエンドを示すことによって理想的な構造を構築しているのだ。主人公の救済とは程遠く、かつ納得を得られる着地点だろう。


5.結論と期待

 結論として、これまでのことを簡潔にまとめてみよう。
 なかひろ作品には属性やシチュエーションがテンプレート化されていることで、掛け合いに一種のお約束が設定されている。登場キャラの大半が本音を常に晒け出さない天の邪鬼であり、同様に天の邪鬼なヒロインたちの本音や秘密を暴き出すために、元来ストーカー体質を持つ主人公が最適解を導いていく。だが、その主人公自身の本来の目的を達成するためには物語を形作る選択肢構造によるサポートを受けねばならないのだ。
 以上を『後期』なかひろ作品の特徴としてここに記す。言葉にすればこんなところだろう。
 そして現在、Purple softwareの新作であり、なかひろが企画・シナリオを担当する『初恋サクラメント』の発売が約1ヶ月後に迫っている。*2現在体験版が公開されており、この体験版からも主人公が親族に甘えない性格をしていることや、世話焼きたがりの大学生の姉、入寮先の寮母さんとの「頭撫でないでください」と言うお約束の掛け合いだけでなく、メインヒロインが人助けを目的とした「大空部」を創部するために動き出すことになる。今回本文で指摘したなかひろらしさが最大限まで滲み出ている。
 果たして今回の作品は、これらのお約束の中で如何なる本音や秘密が主人公によって暴かれるのか。それに期待しつつ今回は筆を納めることにしよう。

*1:もちろんタッグを組んだプレイヤーとパートナー同士で恋愛しても敗北となる。

*2:執筆時の2010年11月14日現在、初恋サクラメントは同年12月24日発売予定。